excitemusic

exicteブログでexicte中
by e000e00020
ICELANDia
カテゴリ
全体
未分類
以前の記事
お気に入りブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


波の荒い瀬

兵隊は一列になって、崖をなゝめに下り、中にはさきに黒い鉤(かぎ)のついた長い竿(さを)を持った人もありました。
 間もなく、みんなは向ふ側の草の生えた河原に下り、六列ばかりに横にならんで馬から下り、将校の訓示を聞いてゐました。それが中々永かったのでこっち側に居る私たちは実際あきてしまひました。いつになったら兵隊たちがみな馬のたてがみに取りついて、泳いでこっちへ来るのやらすっかり待ちあぐねてしまひました。さっき川を越えて見に行った人たちも、浅瀬に立って将校の訓示を聞いてゐましたが、それもどうも面白くて聞いてゐるやうにも見え、またつまらなさうにも見えるのでした。うるんだ夏の雲の下です。
 そのうちたうとう二隻の舟が川下からやって来て、川のまん中にとまりました。兵隊たちはいちばんはじの列から馬をひいてだんだん川へ入りました。馬の蹄(ひづめ)の底の砂利をふむ音と水のばちゃばちゃはねる音とが遠くの遠くの夢の中からでも来るやうに、こっち岸の水の音を越えてやって来ました。私たちはいまにだんだん深い処へさへ来れば、兵隊たちはたてがみにとりついて泳ぎ出すだらうと思って待ってゐました。ところが先頭の兵隊さんは舟のところまでやって来ると、ぐるっとまはって、また向ふへ戻りました。みんなもそれに続きましたので列は一つの環(わ)になりました。
「なんだ、今日はたゞ馬を水にならすためだ。」私たちはなんだかつまらないやうにも思ひましたが、亦(また)、あんな浅い処までしか馬を入れさせずそれに舟を二隻も用意したのを見てどこか大へん力強い感じもしました。それから私たちは養蚕の用もありましたので急いで学校に帰りました。
 その次には私たちはたゞ五人で行きました。
 はじめはこの前の湾のところだけ泳いでゐましたがそのうちだんだん川にもなれて来て、ずうっと上流の波の荒い瀬のところから海岸のいちばん南のいかだのあるあたりへまでも行きました。そして、疲れて、おまけに少し寒くなりましたので、海岸の西の堺(さかひ)のあの古い根株やその上につもった軽石の火山礫層(くゎざんれきそう)の処に行きました。
 その日私たちは完全なくるみの実も二つ見附けたのです。火山礫の層の上には前の水増しの時の水が、沼のやうになって処々溜(たま)ってゐました。私たちはその溜り水から堰(せき)をこしらへて滝にしたり発電処のまねをこしらへたり、こゝはオーバアフロウだの何の永いこと遊びました。
 その時、あの下流の赤い旗の立ってゐるところに、いつも腕に赤いきれを巻きつけて、はだかに半纒(はんてん)だけ一枚着てみんなの泳ぐのを見てゐる三十ばかりの男が、一梃(ちゃう)の鉄梃(かなてこ)をもって下流の方から溯(さかのぼ)って来るのを見ました。その人は、町から、水泳で子供らの溺(おぼ)れるのを助けるために雇はれて来てゐるのでしたが、何ぶんひまに見えたのです。今日だって実際ひまなもんだから、あゝやって用もない鉄梃なんかかついで、動かさなくてもいゝ途方もない大きな石を動かさうとして見たり、丁度私どもが遊びにしてゐる発電所のまねなどを、鉄梃まで使って本当にごつごつ岩を掘って、浮岩の層のたまり水を干さうとしたりしてゐるのだと思ふと、私どもは実は少しをかしくなったのでした。
 ですからわざと真面目(まじめ)な顔をして、
「こゝの水少し干した方いゝな、鉄梃を貸しませんか。」
と云ふものもありました。
[PR]
by e000e00020 | 2006-03-26 13:47
<< 日本女子バレーボールチームがん... さかな >>